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Alessio Dorigo

アレッシオ・ドリゴ

品種個性の具現化。現当主アレッシオ・ドリゴが取り組む不変のテーマ

生産者画像 生産者画像 生産者画像 地域とカンティーナの歴史

ピニョーロとピコリット。この2つの原産品種に関してはその栽培の困難さが他のものとは大きくことなり、いずれもこの地からかつては絶滅すら危惧された品種の一つであった。ドリゴはこれらの品種の復活にかけた先駆者としてひとかたならぬ思いをもって復活にあたってきた。ピコリットは結実率の非常に悪い葡萄でおよそ1房に10粒ほどしか結実しない疎粒種の葡萄ゆえあまりにも生産性が悪く長らく忘れ去られてきた葡萄であった。
一方のピニョーロはコネリアーノ大学のダルマソ教授やポッジ教授の書籍の中でもしばしば登場し、『豪華絢爛たるその酒質』『創造の限界を超えた豊かさ』などと評されてきたが、フィロキセラ禍により壊滅状態にあった。ドリゴはロサッツオに僅かに残っていたその樹を1979年から接木により復活させて、ようやく今日の1haの葡萄園を再興させこのワインの復権をはかった。近隣の生産者達に分け与えた苗からこの品種のワイン造りが復活した。この地の代表的な高貴種品種として多くの人に認知される日も近いといえよう。2011年に創業者のジローラモから長年に亘りワイン造りを担ってきた息子のアレッシオが当主となった。新たにプレマリアッコにカンティーナを2014年に完成させると共にラベルやボトルの刷新も図られた。

葡萄畑

フリウーリ・ヴェネツィア・ジュ−リア州のゴリツィア県のポヴォレットにワイナリーを持つドリゴは1966年に父ジローラモが葡萄園を購入しその第一歩を踏み出した。彼らは現在2つの葡萄畑で合計40haの広さを所有している。一つはブットーリオ村のロンク・デ・ユーリの畑で、購入以前から葡萄畑として長く使用されてきた地所で、ソーヴィニヨン、シャルドネ、リボッラ・ジャッラ、ピニョーロ、ヴェルドゥッオ、タッツェレンゲ、などを栽培している。もう一つはその少し北東にあるプレマリアッコ村にある、モンスクラパーデという葡萄園でその名の示すとおりドリゴが山を切り開いて造った畑で、ピノ・グリージョ、カベルネ、メルロー、レフォスコ、スキオペッティーノ、そしてピコリットを栽培している。
彼らが畑に対して行った初めの変革は整枝方法の変更と密生を行うことであった。整枝方法はより収量制限を行いやすいグィーヨを中心としたシステムに移行すると共に、植生を1haあたり約9,600本の高密生とすることで葡萄自身の競争力を高め、深く根付かせようとすることであった。このことはすべて凝縮した果実味とミネラル感をたたえた良質な葡萄こそがワイン造りの根幹であるという彼らの信念に基づいている。

醸造

彼のワイン造りに対する考えの基本は、如何にその土地の持つ風合いをそこに閉じ込め、また品種の持つ個性を忠実に再現するということにある。開設当初からドナート・ラナティ、ロベルト・チプレッソと続いてきた有能な醸造家を起用し積み重ねた実績、つまりこの地での白ワインのポテンシャルの高さの実証と赤ワインでの国際品種の成功という流れを生み出し、先駆的な役割を果たしてきた。そしてジローラモの息子アレッシオが醸造学を修めその任を担うようになりその基本理念に基づき伝統品種の黒葡萄の可能性を世に問う新たな段階へと入った。
近年新たに変更した大きな点としては、収穫から破砕までの期間をドライアイスで覆うことで酸化を防ぎ、果実味と芳香の保護を図るようにした。このことは特に白ワインでその効能を認められるようになった。また赤ワインにおいて大きな変更といえば、プレミアムレンジのワインつまり、モンスクラパーデとピニョーロにおいてこれまでステンレスタンクでの醗酵から大樽を使用して行うように変えた。

ワイナリー住所

Via Case Sparse Campo 1 Premariacco (UD)

Wine